第1話「いきなり突然現れた奴」
「…あんた、誰?」
 朝起きたら、ダイニングキッチンのテーブルに、知らない女が座っていた。
 しかも俺の席で。
 優雅にコーヒーなんぞをのみながら。
「あら、おはよう。」
女は何事もないかのようににっこりと笑った。

 8月5日、土曜の朝10時。
 窓からさしこむ真夏の強い日差しと蝉の声さえも、今は心地よい刺激となって脳内を覚醒させていく。
 そんないつもの朝に、いつもと違うこの女。
 もちろんだが、俺には全く状況が飲み込めなかった。
俺は生まれてこのかた全くもってひとりっこだし、実は妹や姉がいたなんつー、リアルに怖い家庭でもない。
 俺の両親は、そういう類の人間とは縁遠いマイホーム夫婦だ。いっつも動いて何かしている、活発で世話好きな母さんと、口数は多くないけどどっしりと構えてる、最近白髪も見えてきたが、頼りがいのある父さん。
 そして俺が、高校2年生で青春まっさかり、バスケ部補欠のイケメン(自称)な息子、彪堂昌弥(ひょうどうまさひろ)というわけだ。
 そんな事を、余裕があるわけでもないのになんだか考えてしまっていると、後頭部をいきなりこづかれた。
「いってぇ…なにすんだよ母さん!」
 口をとがらせて文句をたれる。母さんは、172cmの俺の頭を、届かないからと言って孫の手なんかで叩くもんだから余計に痛い。
「いたいも何もないでしょ。自分のイトコに向かって、あんたなんて言うんじゃないわよ」
「…ほぁ?イトコ??俺に?」
 母さんの顔は真面目だったので、どうやら俺の方がおかしいのか…?
 うーんと、俺にイトコなんていったっけか?
 脳内検索中……
 …いや、いないはずだ。父さんも母さんも一人っ子なハズ……?
「実は生き別れの妹がいたんだ」
 …と、新聞から目を放した父さんは真面目くさって言った。はぁ?!さっき否定しただろうが、そういう家庭じゃないって。大体そんな嘘くさい話…
「あるわけないだろ!なんなんだよこいつ!だいたい親戚だったら、こんないきなり朝っぱらから突然来てるわけあるわけねーだろ?!」
 …と、そこまで、俺の文法を全く無視した訴えを聞いていた女が、いきなり声をあげて笑い始めた。
「ぷっ、あははははは…!ごめんなさい、でも、アナタすごい面白いんだもん…あはははは!」
 俺はしばらく、茫然とこの女が笑っているのを見ていたが、だんだん落ち着いてくると、今度は腹が立ってきた。
 どうして朝っぱらから、こんなわけのわかわない奴のせいで、パニクったり、笑われたりしなきゃなんねーんだ?
 俺がキレかけているのに気付き、やっと父さんは笑うのをやめるように言ってくれた。
「そう、イトコなんてもちろん冗談だぞ」
 …わ、笑えねぇ。
 そして、女に自己紹介をうながした。タンクトップにカーゴパンツ姿のその女は、やっと俺の席から立つと、手にしていたコーヒーをくいっと飲み干してから(オヤジかよ…)話し出した。
「えっと、私の名前はアキ。鏡って書いてアキって読むの。名字は…えっと…」
「和幸田だろう」
 何故か父さんが名字を言った。
「そう、和幸田!和幸田鏡!」
 そういうと、歯をチラリとのぞかせて、にっこりと笑った。おぉ、かわいくも笑えんじゃん。
 にしても、普通、自分の名字をド忘れするかぁ?!よほどバカなんだな、こいつ。うん。
 ただまぁ、見た目はイイ感じだ。うっすら茶色がかった髪に、少し日焼けした肌がよく合ってる。
 目もパッチリしてて、綺麗な二重だ。鼻筋もすっと通ってるし、スタイルだって悪くない。痩せ型ではないけど、むしろ健康的な、元気な感じがしていい。
 …はっ。こんなこと考えてるバアイじゃなかった。
 そもそも、なんでこんな知らない奴が、うちに上がり込んでるんだ??
 すると、タイミング良く父さんが説明し出した。
「彼女、鏡さんは、俺の高校時代の親友の、娘さんなんだ。お前が知らないのも無理ないな。ここに来たのも一度っ切り、しかもお前がバスケ部の合宿でいなかった時だったから」
「…って、先週じゃねぇか」
「ああ。で、実は彼女、家出してしまったらしい」
「…はぁ?イエデ?!」
「うん。なんでも帰りが遅いとかで、父親ともめたそうだ。で、なるべく御両親が思いつかなくて、かつ安全な場所を考えて…」
「ついこの間来たばっかのココに思い当ったってわけか。はぁ〜、家出ねぇ…」
 だからってこんな、ほとんど赤の他人の家まで来るか?フツー。
 そんな俺の心持ちには、この女――アキとか言ったな――は、全く気付かないようだった。ニコニコと人懐っこい笑顔を、かなり無駄にふりまいている。
「で?あんたはいつまでいるつもりなんだ?あんたの親が、我が子の為に必死になって捜し当てて、『アキちゃんゴメンね〜』とか言って、泣きながらうちの玄関を叩くまでか?」
「…っ」
 な、なんだ?
 今まであんなに元気だったのが、アキの奴急に俯いて黙っちまった。
「ま…昌弥!あんた、言っていい事と悪いことがあるでしょ!」
「そうだぞ。今のは言い過ぎだ。鏡さんに謝りなさい」
 両親にもこう言われてしまった。
 俺、そんなに深い意味はないつもりだったんだけどなぁ…。
 ただまぁ、少し言い過ぎたのは確かだ。
 親を見限った奴は、親とケンカなんてしない。
 親とケンカするってことは、まだ親に、期待と信頼、愛情を持ってる証拠だ。
家出したって、親は親。笑いのネタにされたら誰だって色々思うところがあるはずだ。
  とまぁ、俺はそう考えて、素直に謝った。
 アキはなぜだか、ひどく慌てていた。なんにかはしらねぇけど。
 ただ、その時は、アキの妙な態度も、どこかぎこちない両親の態度も、互いに他人だからだろう、としか考えていなかった。
 その時は。


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